大航海時代のアフリカの黒人諸王国は相互に部族闘争を繰り返しており、奴隷狩りで得た他部族の黒人を売却する形でポルトガルとの通商に対応した。ポルトガル人はこの購入奴隷を西インド諸島に運び、カリブ海全域で展開しつつあった砂糖生産のためのプランテーションに必要な労働力として売却した。 奴隷を集めて、ヨーロッパの業者に売ったのは、現地の権力者(つまりは黒人)やアラブ人商人である。
初期の奴隷貿易は、ヨーロッパ人商人、冒険家、航海者などが、自己の利益のために自己負担で行った私的なもので、小規模なものであった。やがて、容姿でヨーロッパ人と容易に区別がつく黒人を奴隷にする事の有用性(同じ人間を酷使する罪悪感が小さい、身分を固定するのに都合がよい、など)により、次第に拡大していく事になった。「奴隷狩り」から「奴隷貿易」へのシフトは、1450年代に起こっている。1450年代に入ると、セネガル、ベニンなどのギニア湾岸、コンゴなどの地元勢力が、戦争捕虜や現地の制度下にある奴隷をポルトガル商人に売却するようになった。
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16世紀には、特に80年代には独占的な奴隷貿易会社も設立されるにいたった。この時代、カリブ海地域のスペイン領向けとして、ポルトガルの独占下で奴隷を売ってもらえないイギリスの「冒険商人」による「奴隷狩り」が散発的に行われ、中でもジョン・ホーキンスとフランシス・ドレークの航海は有名である。しかし、誤解も多いが、白人による「奴隷狩り」はごく稀なケースである。その後、奴隷貿易の主導権がオランダ、フランス、イギリスなどに移り変わっても、特許会社が現地に要塞/商館/収容所兼用の拠点を置き、現地勢力が集めた奴隷を買い取って収容し、それをさらに船に売り渡すと言う形式のみとなる。